ユーザビリティテスト 〜組織導入のためのマインドセット〜
ニジボックス主催のイベント「BUSINESS & CREATIVE」では、毎回ビジネスとクリエイティブに関する現場発・最前線の情報を発信しています。第22回となる今回のイベントテーマは「ユーザビリティテスト 組織導入のためのマインドセット」。「UX DAYS TOKYO」のオーガナイザー/デジタルマーケティングコンサルタントの大本あかねさんに来ていただきお話を伺いました。
目次
オープニングトーク
まずは「UX DAYS TOKYO」のオーガナイザーでもあり、自身もコンサルタント/UXデザイナーとして活躍する大本あかねさんから著書『デジタルプロダクト開発のためのユーザビリティテスト実戦ガイドブック』を書いたきっかけや、ユーザビリティテストのお話をしていただきました。
「デジタルプロダクト開発のためのユーザビリティテスト実戦ガイドブック」を書いたきっかけ
きっかけはとある転職サービス系の企業のイベントだったのだとか。その際に調査をおこなった結果、ユーザビリティテストが現場に浸透していないことに気づき、さらにその他の企業とコミュニケーションをとる中でも同様にユーザビリティテストを実施しているプロダクトが少ないと感じたそうです。
「書籍にも書きましたが、なぜユーザビリティテストをやらないのかリサーチをしていくと、その価値を理解していなかったり、正しいやり方で行っていないから正しい結果が出ておらず継続されなかったり、といった理由が多いんですね。知識がある方にとっては、いまさらユーザビリティテストか、と思うかもしれませんが、やはりそんな実情をみていると、いまやらねばもったいないなと」(大本さん)
今回の登壇内容に関して
「デジタルプロダクト開発のためのユーザビリティテスト実戦ガイドブック」は5つのチャプターで構成されていますが、今回のイベントではその中のチャプター4「組織に効果のあるユーザビリティテストを取り込む」に関連するお話をしていただきました。興味のある方は別途「デジタルプロダクト開発のためのユーザビリティテスト実戦ガイドブック」も読んでいただければ理解が深まると思います。
段階的に行うユーザビリティテストの実施
本題に入る前に大本さんからユーザビリティテストを行う上でのポイントを教えてもらいました。大本さんいわく、いきなり戦略に沿って緻密につくったペルソナに対して大規模なユーザビリティテストを行うのではなく段階的に行うべきとのこと。
「いわゆるフォーマルなユーザビリティテストを最初から行いがちなのですが、そうではなく彫刻で言うと荒削りをまずして、ある程度の形が見えてきたらディテールを固めていく。といったような進め方が良いと考えています」(大本さん)
ファーストステップとして必要なこと
大本さんの言う「荒削り」とはいわゆるセルフユーザビリティテスト(ウォークスルー)のことで、カスタマージャーニーマップに沿ったシナリオにのっとって自分自身でユーザビリティテストを行うことを指します。
そして、それが終わったら社内や身近な人に「廊下テスト(ホールウェイテスト)」や「ゲリラテスト」と呼ばれる、誰でも使えるかどうかをゲリラ的に誰かにチェックするというのがファーストステップになるとのこと。
「これが終わってから細かいディテールをチェックするためにリサーチ会社などに本来のターゲットに関するリサーチをしてもらうのが効率的だと私は考えています。このあたりの整理がついておらず、ユーザビリティテストをやらなきゃいけないけどお金も時間もかかると言って全然やらないよりも、まずはこのステップを踏んでからどの部分をどう精度を上げるべきか把握することが重要ですね」(大本さん)
ユーザビリティテストは5人の被験者で完結する?
UX業界で世界的に著名な組織「ニールセン・ノーマン・グループ」のヤコブ・ニールセン博士の著書『ユーザビリティエンジニアリング言論』の中で、ユーザビリティテストは5人の被験者で行うと7~8割の問題を発見することができるという説明があります。
「ここで重要なのは、先ほど説明したウォークスルーなどを行い、被験者がたった1人だとしても大きな問題が分かればすぐに解決すべきということなんです。つまり、どの問題に対しても5人の被験者でテストをすれば大丈夫というわけではなく、博士が伝えたかったのはユーザビリティテストの本質的な価値なんですね。最初から大規模で精緻なテストをおこなわなくても“5人程度でおこなえばおおよそ8割ぐらいの問題が発見できる”という。そのあたりを念頭にユーザビリティテストに向きあうことが大切ですね」(大本さん)
ユーザビリティテストを行う際の注意点
1点目はユーザビリティテストの結果とは別視点でステークホルダーから要望が入った際にそちらを優先してしまうこと。
「本質的なテストの価値よりも、ステークホルダーのやりたいことが先行してしまう場合、ステークホルダー側に問題があるというよりも、事前のプレゼンテーションに問題があると思うので、まずはプレゼンテーション能力を高めていくことが重要ですね」(大本さん)
2点めは回収できない費用を惜しんで事業をやめられないこと、すなわちサンクコスト。
「どうしても開発費用や時間をかけてリサーチをすると、リサーチ結果をすべて入れようとしがちになったり、途中でやめるのがもったいないということで無理やりなんとかしようとしがちになったりしますので、良くないバイアスなのかなと思います」(大本さん)
そして、3点めが被験者に無理やりペルソナ像を押し付けてしまうこと。
「これも実はよくありがちなことでして。廊下テストとしてソーサーをチェックすることはできると思うのですが、わざわざ被験者に“ペルソナの気持ちになって”といったような形でテストを行うのはちょっと無理があると考えていただいた方がいいかと思います」(大本さん)
ユーザビリティテストを組織に導入するために必要なこと
ここまではユーザビリティテストの効果や正しいやり方に関して説明いただきましたが、ここからは本題となる組織導入に関連することをお話しいただきました。
ユーザビリティテストは組織のサイロ化を破壊する役割(もある)
「サイロ化」とはつまり各部署が分断しており、横のつながりがない状態。大本さんいわく、ユーザビリティテストを行いその結果を共有することで、組織のサイロ化を避けられる可能性があるのだとか。
「こちらは『デジタルプロダクト開発のためのユーザビリティテスト実戦ガイドブック』のイラストになるのですが、例えばユーザビリティテストでとある問題が発見できたとして、他部署に共有することができれば、それがチームの知見になりゆくゆくは財産になっていくと思うんです」(大本さん)
失敗を受け入れ改善するマインドが組織には必要
大本さんの言う組織の財産とは、組織の中で働いている人。人は会社の経営資源であり、人自体が成長しなければならないというところが根源にあるのだそうです。
「財産となるその人自体の価値を育てるには、各人がチャレンジしなければならないわけです。そのためには挑戦する心、継続的に学ぶ姿勢、失敗しても成功するまでやるという考えが必要ですが、それ以上に失敗を受け入れてくれる体制が組織には必須ですよね? ユーザビリティテストはUIなどをチェックするためのものですが、組織の知見を高めるために彼らの挑戦が何をもって良いのか、そして何をもって悪いのかを見極めるためにも有効なのです」(大本さん)
ユーザビリティテストの結果次第では、担当者のメンタルに大きなダメージを与えることもあるかと思いますが、その結果をダメージとして捉えるのではなく失敗は失敗として受け入れた上で、どう改善したら良いのかというマインドをいかに醸成してゆくかが重要なポイントだとのこと。
「テストの結果出てきた問題点があったとして、他のチームも同じ穴に落ちて欲しくないですよね? そのためにもやはり失敗も含めた知見を共有すべきだということをお伝えしたいです」(大本さん)
失敗を共有できる組織はどうあるべきか?
とはいえ、大本さんがいままで見てきた中でも、失敗をフラットに共有できる組織は多くはないのだそうです。失敗を共有できる組織をつくるために必要なことは失敗に寛容な心理的安全性だとのこと。
「でも、やはり失敗しない方がいいわけですから、失敗しないために失敗を共有する、そして失敗したことを改善するという前提は大切ですね。なんでもかんでも言えれば良いという訳ではなく、改善ポイントを踏まえてどうしたらプロダクトがうまくいくのかを言語化し、こうする、こうすべきという具体的な案を共有していけることが理想だと思います」(大本さん)
失敗はデザイナーだけのせい?
往々にして失敗の責任はデザイナーに求められがちではありますが、大本さんはそこに対しては「そうではない」と強く語ります。
「先ほどご紹介したヤコブ・ニールセン博士の著書でも、“ユーザーエクスペリエンスはエンドユーザーと会社、そしてサービス及びその製品とのやり取りのあらゆる側面を網羅している”とありますが、たとえば映画館のアプリがあったとして、美しいUIだったとしても映画情報のDBが充実していなければユーザー体験としての価値は下がってしまいますよね? これは一例ですが、失敗が起きた場合すべての側面からそれを検証すべきなのです」(大本さん) このことはジェシー・ジェームス・ギャレット氏の提唱しているUXの5段階モデルを見ても理解できるそうなので、ぜひそちらも参照にして欲しいとのこと。
また、テオ・プリストリー氏がX(旧Twitter)にポストしたUXデザインの関係者を構造化したアンブレラの図も同様に参考になるのだそうです。要はすべての関係者が同じ傘の下にいる、ということを示した図です。
誰もが「UXer」になる必要がある
「ユーザー視点、顧客視点で仕事をする人たちのことを私たちは“UXer”と呼んでいるのですが、要はUXデザイナーに限らず誰しもがUXerになる必要があると考えています。UXデザイナーがいればうまくいく、というわけではないんですね。私はスティーブ・ジョブズ氏はカスタマージャーニーマップを書いていなかったと思います。ですが彼は“UXer”だったなと考えていまして。そんな記事をブログに書いてありますのでよかったら読んでいただければと思います」(大本さん)
□参考記事:UX Times「スティーブ・ジョブズはUXerだった」
次に2016年にクリス・ノッセル氏が大本さんのイベントに登壇した際の言葉「ペルソナはつくっただけでは意味はない。意志的スタンスを考慮してペルソナは扱うべき」という言葉を引用しながら、ユーザーや顧客の視点で仕事をするマインドの大切さを語っていただきました。
ユーザビリティテストを行う上で重要なこと
「ユーザビリティテストをする際にクオリティを上げることにフォーカスする方がいますが、ユーザビリティテストは問題を発見し、さらにそれを改修しなければテストをした意味がないので、そのあたりはぜひ念頭に置いていただければと思います。問題が出てきたとして、修正するにはコストも時間もかかり過ぎるからちょっと置いておこう、などといったようなことをやっていたら本末転倒ですからね。改善ありきの問題発見だということを忘れないでください」(大本さん)
パネルディスカッション
ここからはモデレーターの丸山、ニジボックスの吉川、渡邉も参加しパネルディスカッションが行われました。
改善サイクルを導入する第一歩として、どのようなことをしたら良いか?
「改善サイクルというよりも、運用フェイズやエンハンスフェイズに入った時にユーザビリティテストをどうやって導入していくのか、プロダクトの品質を上げていくために、特に普段ユーザビリティテストを行っていない企業の組織の場合どういったところからスタートしたらいいのかを議論していきたいと思っております」(丸山)
「導入する第一歩でいくと、組織の開発手法や制作フロー、意思決定フローなどを把握した上で、どうやってユーザビリティテストを入れ込んでいくのかを検討することが大切ですよね。先ほどのプレゼンテーションの中でもありましたが、荒削りでも導入してその効果をちゃんと示すことが重要なのかなと。あとは現実的なスケジュールで行うことも大切ですね」(吉川)
「はじめから理想論でいくとコストもかかれば時間もかかってしまうので、できる範囲のところからはじめてみると良いのかもしれないですね」(丸山)
「自分でウォークスルーをやってみたり、近くにいる人にとりあえずプロダクトに触ってもらったりすることはすぐにでもできますし、プロジェクトメンバーやクライアントにその結果を共有することからはじめてみても良いですよね」(渡邉)
「私の周りでは動画を撮ってステークホルダーに見せることをよくやっていたりしますね。生の声でどこが良くてどこが悪いかが伝わると、予算や時間の割り当てが決まるというか。やはり最初にステークホルダーが共感でき、納得感のあるプレゼンテーションが必要だと思うんですよね」(大本さん)
上長や決裁者が忙しく、捕まらない場合にどうすれば良いか?
「なかなか動画を見せるのも大変だし、インタビューに来てもらうのも無理だ、みたいな場合にそれを乗り切るコツなどはありますか?」(丸山)
「とあるビジネスコンサルタントの方で世界中を駆け回っている方がいたのですが、10分しかミーティング時間がとれないなんてこともありまして。その時はその方が興味関心のある言葉を添えた上で、事前にポイントとなる箇所だけクラウドに動画をあげていましたね。あとは追い込まれないと動かない方もいらっしゃるので、それをやらないと発生する損失の話を一緒にしてあげるのも有効かもしれないですね。特に日本人は『○○しておかなければならない』というマインドが強く働く傾向にありますので」(大本さん)
「それは面白いですね。たしかに長時間の動画をただ観てくださいと言われても、興味のないものであれば忙しい人であるほど見ないですよね」(丸山さん)
「3分程度に編集したものを用意して『これがすべてではないのでさらに見たい時は言ってください』と、次のアクションを用意しておくことも大事ですね。興味関心がそこで持たれなかったら、何度もジャブを打ち続けるしかないですが(笑)」(大本さん)
「発想としては資料作成と似ていますね。資料も上長にプレゼンテーションする時は、サマリーを1ページでつくって、全体のポイントが分かるように整理してくれとオーダーされることもありますよね」(丸山)
「プロダクトつくる際はステークホルダーマップをつくって各ステークホルダーの立ち位置で考えた際にそれがどう見えるのか、その方にとってくすぐられるポイントはどこなのかをマップに書いていく必要性があると思うんですよね。それをやっておくと、交渉のポイントが見えやすくなるのかなと」(大本さん)
ユーザビリティテストを行うことで具体的にどのくらい効果が上がるのか、という質問にはどう回答するのが良いのでしょう?
「効果が上がるというマインドよりも損失理論でPRしていくほうが良いかと思いますね。簡単にウォークスルーや廊下テストをやって改善ポイントを探った上で、これを改善しないと具体的にどのようなリスクがあるのかを伝えていけば良いのではないでしょうか」(大本さん)
「もし問題があってユーザーが離脱してしまった場合、そのユーザーは戻ってこない可能性も高いので、そのことも合わせて説明すると良さそうな気はしますね」(丸山)
小さくはじめたウォークスルーや廊下テストの結果に説得力を持たせるコツはありますか?
「具体的なテスト結果を見ないとなんとも言えないですが、人間の脳にはシステム1とシステム2のモードがあることはご存じでしょうか? 基本、人間はシステム1と呼れる何も考えていない状態で行動をしていることが多いんですね。たとえば歩くこと自体も考えて動いてはいないわけで、プロダクトを操作する際も無意識的に行っていることが多いわけです。だからこそ、引っかかりがあった場合すごくストレスを感じるわけです。何が言いたいかというと、テストの結果に対して理論的な説得力を持たせるというよりも、バイアスだったり“人間はこういうものだ”といったようなことの知見だったりをもとにプレゼンテーションすると説得力が増すかもしれませんね」(大本さん)
「やはりUXを学ぶ上では心理学や脳の構造などを勉強しておくと良いですよね。せっかくなのでそれらを勉強する上でおすすめの書籍などあれば教えていただきたいのですが」(丸山)
「ニールセン・ノーマン・グループのUXの資格を取る際に必要な認知心理学や社会心理学などのテキストは良いかもしれないですね。UXに限らず認知バイアスの書籍なども数多く出版されていますし。あとは、ひと言で“心理学”といってもすごく広いので、UX DAYSが関わっている『UXデザイナーのための心理学』という書籍もオススメですね」(大本さん)
大本さんからのメッセージ
「これを機会により深くユーザビリティテストに興味関心を持っていただけたらうれしいですね。質問などあればいつでもお答えできるようにしようかなと思っています」(大本さん)