ジョブ理論とは?イノベーションを予測可能にする理論を解説!
「ビジネスにUXが重要な理由」を事例を交えて解説!
ジョブ理論とは何か、知っていますか?
ジョブ理論を理解し、“ジョブ”を定義することにより、今までにない顧客のニーズや競合他社の捉え方を実現する、事業開発のヒントを得ることが可能になります。
この記事では、イノベーションを予測可能にするジョブ理論について、わかりやすく解説します。
目次
ジョブ理論とは
ジョブ理論(Jobs To Be Done)とは、「人がなぜそれを買うのか?」という、顧客が商品やサービスを買う行為そのもののメカニズムを解き明かした理論です。
イノベーション研究の第一人者であるハーバードビジネススクールの、クレイトン・クリステンセン教授が提唱しました。
アメリカの多くの企業では、このジョブ理論をベースとしたプロジェクトを進めていくことが多く、新規事業の立案やサービス改善の場面において盛んに取り入れられています。
■出典:
クレイトン・M クリステンセン(2017)『ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム』ハーパーコリンズ・ ジャパン
ジョブとは何か
ジョブとは、ある特定の状況で人(顧客)が成し遂げたい進歩のことです。
また、ジョブを片付ける手段として、人が特定の製品やサービスを消費する行為のことを“雇う(ハイア)”と呼びます。
ジョブ理論は、顧客は単に商品やサービスを購入しているのではなく、解決したいジョブを片づけたくて、その商品やサービスを雇用(消費)するという考え方です。
- ジョブ: ある特定の状況で人(顧客)が成し遂げたい進歩
- 雇う(ハイア): ジョブを片付ける手段として、人が特定の製品やサービスを消費する行為
年齢や性別などといった顧客の属性、つまりデータを重視する従来のマーケティングとは異なり、
ジョブ理論では顧客一人ひとりが直面している状況と目指すべき進歩を考慮するため、より解像度を上げた顧客ニーズを捉えることが可能になります。
ジョブを見極める5つの問い
それでは、どのように顧客のジョブを特定していけば良いのでしょうか。
ジョブを特定するには、「誰が」「何を」といったデータではなく「なぜ」というストーリーで考えて行くことが必要です。
特定の状況で進歩を成し遂げようと苦心している人を主人公として、以下の5つの問いに答えながら、短編映画のように考えてみましょう。
問いに答えていくことで、顧客のジョブをより具体化することが可能になります。
ここでは、より良い第一印象のために歯を白く美しく保ちたいと考えている人を主人公にします。
1. その人が成し遂げようとしている進歩は何か
「とびきりの第一印象を与える笑顔が欲しい」
ユーザーはこのジョブを片付けるための方法の一つとして、自分の歯を白く美しいものにするための商品やサービスを雇用する可能性があります。
2. 苦心している状況は何か
「年に2回歯科医院に通っているのに、思ったほど歯が白くならない」
このユーザーは既に歯科医院で定期検診や歯垢除去など、いくつかの手段を講じていますが、うまくジョブを片付けることができていません。
3. 進歩を成し遂げるのを阻む障害物は何か
「歯を白くする歯磨き粉を試したが、効果がない。誇大広告だ」
歯科医院の他にも、歯を白くする歯磨き粉も試したものの、効果は出ていません。
4. 不完全な解決策で我慢し、埋め合わせの行動を取ってないか
「家庭でもホワイトニングできる高価なキットを購入したが、マウスピースを一晩中装着しないといけないし、歯がヒリヒリする」
ここでは、ジョブを完全には片付けない商品やサービスに頼っていないか、一時しのぎの解決策を講じていないかを考えます。
5. その人にとって、よりよい解決策をもたらす品質の定義は何か、また、その解決策のために引き換え(トレードオフ)にしてもいいと思うものは何か
「費用や手間をかけずに、専門の歯科治療によるホワイトニングを受けたい」
2~4で挙げた苦心している状況、障害物、不完全な解決策を解消するものとはどのような商品やサービスなのかを定義します。
ジョブ理論を実践する4STEP
それでは、実際にジョブ理論を実践する手順を見ていきましょう。
【STEP1】ジョブを見つける
まず、ジョブ理論の実践のためにはじめに実施することは、ジョブを見つけること(ジョブ・ハンティング)です。
顧客がどのようなジョブを片付けたくて、雇用しているのかを考えます。
数値や指標だけに捉われずに、観察やインタビューを実施することもジョブ・ハンティングには有効です。
ここで注意が必要なのは、「無消費」の顧客の観察も実施すべきということです。
雇用しなかった理由を考えていくことにより、ジョブを見つける糸口になることがあります。
インタビューについては下記の記事もぜひ併せてご覧ください。
【STEP2】雇用するまでのストーリーを作る
STEP1でジョブが見つかったら、次に自社の商品やサービスを雇用してもらうためのストーリーを作成します。
無消費のパターンや既存の雇用までのストーリーは一度考えずに、新しく見つけたジョブまでのストーリーを考え直すことで、新規アイデアの発想に繋がるのです。
【STEP3】阻害要因を取り除く、緩和する
雇用までのストーリーが完成したら、3つ目のステップではジョブを雇用するのに障壁となり得る要因を緩和します。
さまざまな方向から無消費となり得る考えや行動を考慮して、それらを解決するような体験も用意しておきましょう。
【STEP4】ジョブを中心に構築する
STEP3まででストーリーが完成したら、最後にジョブを中心に商品やサービス、組織を構築していきます。
商品やサービスから考えていくのではなくジョブを中心に構築していくことにより、商品やサービスとジョブの結びつきが強くなります。
顧客にとって、ジョブが発生したときにはじめに思い浮かぶ商品やサービスを作り出すことに繋がるのです。
ジョブ理論で成功した事例
ジョブ理論は私達にとって、普段あまり馴染みのない概念のため、ちょっと分かりにくい部分があるかもしれません。
ここでは、ジョブ理論を理解するために事例を使ってさらに解説をしていきます。
ファストフード・チェーン店の例:ミルクシェイクの雇用理由
ジョブ理論を理解するための有名な事例である、ミルクシェイクのエピソードを見ていきましょう。
課題:「ミルクシェイクの売上拡大」
とあるファストフード・チェーン店が「ミルクシェイクの売上拡大」という課題を抱えていました。
このチェーン店では既に、購入者属性を整理し、ユーザーへのアンケート調査を実施した上で、得られたフィードバックをもとに値段・量・味などを改良しています。
それにも関わらず、数ヶ月経っても売り上げに変化はありませんでした。
ジョブと雇用の観察
ファストフード・チェーン店は、「ミルクシェイクの売上拡大」の課題を解消するために、まず視点を切り替え、「来店客のどのようなジョブ(成し遂げたい進歩、解決したい仕事)が、彼らを店に向かわせ、ミルクシェイクを雇用させたのか」を実際に店頭に立って観察することにしました。
観察してわかったのは、午前9時前に1人で来店した客がミルクシェイクを多く購入していたことです。
ほとんどの客がミルクシェイクだけを購入し、店内で飲むことなく車で走り去っていきました。
インタビューの実施
来店客にインタビューをしたところ、早朝にミルクシェイクを買う顧客の多くが「車での通勤中に気を紛らわせるものが欲しい」「昼食までの間に小腹を満たすものが欲しい」という理由でミルクシェイクを雇用していたことが分かりました。
これらの目的であれば、他の食べ物や飲み物も候補には上がるものの、運転中に片手で飲めて車内や服が汚れず、他の飲み物よりもストローで飲むのに時間がかかるミルクシェイクが一番うまく顧客のジョブを片付けることのできる商品だったのです。
結果
観察とインタビューを実施したことにより、顧客は味や値段に重きを置いているわけではないことが分かりました。
観察とインタビューでの発見をもとに、長持ちするどろっとしたシェイクを開発することで、チェーン店は無事にミルクシェイクの売上を向上させることに成功しました。
状況によって変化するジョブ
この話で面白い点は、同じ顧客でも「状況」によって“ジョブ”が変わるという点です。
朝は通勤途中にミルクシェイクを購入していても、夕方には子どもとの触れ合いのために同じミルクシェイクを購入することもあるでしょう。
ジョブが変われば競合相手は全く異なります。
朝はベーグルやフレッシュジュース、夕方はおもちゃ屋へ立ち寄ることや家でバスケットボールをして遊ぶことなどが、競合になり得るのです。
このように、「誰が」「何を」ではなく、「どんな場面で」「なぜ」にフォーカスを当てるのが、ジョブ理論のポイントです。
イノベーションを生むために不可欠な要素は、顧客の特性でもプロダクトの属性でもなく、顧客が置かれている「状況」と、その状況において追求したい進歩、つまり“ジョブ”であると言えます。
ジョブ理論が注目される理由
先ほど挙げたミルクシェイクのエピソードからも分かるように、
顧客のニーズは企業が考えていることとは乖離している可能性があります。
ビッグデータ革命により、顧客やそれを取り巻く様々なデータの収集や分析は飛躍的に進歩を遂げています。
その傍ら、多くの企業にとって未だにイノベーションは運任せのところが大きいと言えます。
それは、従来のデータ分析を活用するマーケティング手法からは顧客が「なぜ」その選択をするのかについては示すことができないためです。
「顧客AとBの類似性の高さ」「商品AとBのパフォーマンスの属性の類似性」「顧客の75%は商品Aより商品Bを好む」といった形式で相関関係を見出すことしかできないということですね。
一方、顧客がなぜ特定の商品を買うのかという因果関係のメカニズムを明らかにすることができるため、ジョブ理論では、顧客に雇用されるための本当の競合相手を見いだすことが可能になります。
これにより、イノベーションを加速させていくことができるのです。
既存事業においては、「顧客がどんなジョブを持っており、それを片付ける状況において自社製品やサービスには何が足りないのか」という観点から、改良案を考えることができます。
また、新規事業の立案においても、「現状の商品やサービスでは片付けられないジョブは何か」を探ることで、たとえ成熟業界であっても顧客に支持される商品・サービスを展開していくことが可能になるのです。
ビジネスにおけるジョブ理論の活用方法
それでは、ジョブを特定できた場合、実際のビジネスにおいてどのような活かし方があるのでしょうか。
ユーザーインタビュー等を実施し、ジョブを特定した後は、下記のようなジョブを活かす方法があります。
ジョブに適したプロモーション戦略に変更する
たとえば、冒頭で説明したミルクシェイクの場合、顧客がジョブを雇用している理由は、美味しいミルクシェイクを飲むことではなく、「車での通勤中に気を紛らわせるものが欲しいから」「昼食までの間に小腹を満たすものが欲しいから」でした。
その場合、「美味しそうなイメージ」を押し出すCMではなく、「車の運転のお供の飲み物のイメージ」を押し出すCMを作成することで、より広告効果が見込めるかもしれません。
このように、ジョブを起点とすることで、プロモーション戦略に活かすことが可能です。
ジョブを満足させる新商品を作る
たとえば、パンに混ぜる「重曹」が良い例です。
重曹が、本来の用途である「パンを膨らませる」という用途ではなく、「消臭する」という用途で顧客に使用されていることがわかった場合、ジョブを満足させる新商品である「消臭スプレー」を作ることが考えられます。
このように、ジョブを見極めることで、新商品の開発に活かすことが可能です。
まとめ
今回解説したジョブ理論のポイントは以下の通りです。
- 特定の状況で顧客が成し遂げたい進歩を“ジョブ”と呼ぶ
- “ジョブ”を片付けるために顧客は特定の製品やサービスを“雇用”する
- 顧客の成し遂げたい進歩を可能にし、困難を解消し、満たされていない念願を成就する、つまりジョブを見事に片付ける製品やサービスの提供が、イノベーションを生む
顧客のジョブを理解するためには、ある特定の状況で成し遂げようとしている進歩を機能的・社会的・感情的側面も含めて理解することが必要です。
“ジョブ”や“雇用”といった比喩表現もあり、初めは分かりにくい部分もあるかもしれませんが、うまく活用できると、顧客の求めることをより鮮明に掴むことが可能になる理論です。
ぜひ、ジョブ理論を用いて、新規事業の立案や既存サービスの改善に役立ててください。
とはいえ、どんな手法やフレームワークでも、ただそれを知っているだけではビジネスの結果には結びつきません。
結果として実らせるためには、実際に実践する中で経験を積み、手法を自分のものにしてゆく必要があります。
下記資料では、新規事業の立ち上げからリリースまでを具体的にどのように進めるべきなのかについて、よくあるご質問を交えながら解説しています。
ぜひUXリサーチを用いた事業推進への理解を深めることにお役立てください。
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■参考文献・資料
・クレイトン・M クリステンセン(2017)「ジョブ理論 イノベーションを予測可能にする消費のメカニズム」ハーパーコリンズ・ ジャパン
元ニジボックス 執行役員、TRTL Studio株式会社 CEO、その他顧問やエンジェル投資家として活動
コンサルティング会社でのUI開発経験を持つ技術者としてキャリアをスタート。リクルートホールディングス入社後、インキュベーション部門のUX組織と、グループ企業ニジボックスのデザイン部門を牽引。ニジボックスではPDMを経てデザインファーム事業を創設、事業部長に就任。その後執行役員として新しいUXソリューション開発を推進。2023年に退任。現在TRTL Venturesでインド投資・アジアのユニコーン企業の日本進出支援、その他新規事業・DX・UX・経営などの顧問や投資家として活動中。
X:@junmaruuuuu
note:junmaru228